火山列島の日本なのに、火山の研究や観測に携わる専門家が国内で決定的に足りない、と言われて久しい。その少ない規模から「40人学級」「30人学級」という表現もかなり広まってしまった。多くの犠牲者を出してしまった2014年の御嶽山噴火で、そのお寒い事情にあらためて社会的な注目が集まった。関係機関や大学も、ただ事態を傍観しているわけではない。若手研究者にとって長年の課題だった就職先の拡充や、火山に関心を寄せる層の裾野を広げる取り組みが始まっている。本編ではシリーズでそうした動きを紹介していきたい。
茨城県つくば市にある気象庁の気象研究所。昨年採用された研究官、谷口無我さん(33歳)には2つの職場がある。パソコンや資料がそろう5階の研究室と、試験管やビーカー、ガラス真空瓶などがずらりと並ぶ6階の火山化学実験室だ。
それまで気象庁や気象研究所では、火山ガスなどを分析する火山化学を専攻してきた研究者がいなかったこともあり、谷口さんは赴任後、旧実験室を改装した火山化学実験室の整備に努めてきた。設備や機器をそろえながら、全国各地の活火山の火山ガスや温泉などの試料も集める。アルカリ液などで溶かした火山ガスが入った膨大な数の容器は「平穏時のデータを集めておかないと、いざという時に比較ができない」ために増え続ける一方だ。火山周辺の温泉水も集めている。
2017年10月、6年ぶりに噴火した宮崎、鹿児島県境の霧島連山・新燃岳。活動が高まるのかどうか関係者の間で緊張が高まっていた中、谷口さんの研究者仲間が地元で採取した火山灰が続々とこの実験室に送られてきた。谷口さんは火山灰に含まれる塩素と硫黄の比率に注目した。当初は塩素の割合が大きく、地下の高温化につながる指標として警戒したが、次第に塩素の割合が低下し、胸をなでおろした。
谷口さんは神奈川県出身。東京工業大の付属高、東京理科大を経て東京大大学院新領域創成科学研究科へ。博士論文は、南部フォッサマグナの深層地下水をめぐる形成過程や水質の研究だった。その後、東海大理学部化学科の特定研究員だった2015年春、箱根山で火山活動が活発化する。6月には大涌谷で小規模な噴火が発生した。もとの研究対象は火山ではなかったが、地元で観測作業を手伝う中で、火山研究に対する社会の期待を肌で感じた。噴火の規模は大きくなるのか、活動はいつまで続くのか…。こうした問いに対し、火山灰などを集めて分析し、できるだけリアルタイムで見通しを発信する―。そんな研究者の姿に接し、「自分も社会の役に立ちたい」という思いが芽生えた。気象研が研究員を公募するという話を聞き、手を挙げた。
このうち岡田純さん(38歳)は約半年間のつくば勤務を経て、仙台管区気象台の地域火山監視・警報センターに
2016年7月に赴任した。東北地方に18ある活火山の監視を行っている部署で、「毎日」、「1週間単位」、「月単位」の火山活動評価や観測業務を支援している。17年秋に秋田駒ケ岳で火山性地震が増えた際、たまたま近くの秋田焼山にいたことから移動して機動観測に入ったほか、蔵王山や吾妻山の噴気孔を熱赤外カメラで計測するなどした。
滞在中、日本では危機管理が問われた御嶽山の噴火(14年)や口之永良部島の噴火(15年)があった。海外でその火山活動や防災対応を注視しながら「学んできた地球科学の成果を社会に伝え、発信すべき立場にある」という自覚も深まった。
帰国後の就職先を探していた15年夏ごろ、気象研が研究員を公募しているのを知った。「一般的な職員採用ではなく、自分の専門を評価してもらえる研究職」という公募が魅力だった。15年末に帰国し、16年2月から気象研の研究員に。仙台という地方勤務は「火山に近づけるので願ってもないこと」。必ずしも火山に詳しい職員ばかりでない管区気象台の組織内や、活火山を抱える自治体と意思疎通を図っていきたいと考えている。