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シリーズ「火山研究者育成の現場から★火山を伝える若手たち」

1回目「気象研究所採用の研究官」

2018年4月10日

火山列島の日本なのに、火山の研究や観測に携わる専門家が国内で決定的に足りない、と言われて久しい。その少ない規模から「40人学級」「30人学級」という表現もかなり広まってしまった。多くの犠牲者を出してしまった2014年の御嶽山噴火で、そのお寒い事情にあらためて社会的な注目が集まった。関係機関や大学も、ただ事態を傍観しているわけではない。若手研究者にとって長年の課題だった就職先の拡充や、火山に関心を寄せる層の裾野を広げる取り組みが始まっている。本編ではシリーズでそうした動きを紹介していきたい。

(日本火山学会広報委員・所澤新一郎=共同通信)

 茨城県つくば市にある気象庁の気象研究所。昨年採用された研究官、谷口無我さん(33歳)には2つの職場がある。パソコンや資料がそろう5階の研究室と、試験管やビーカー、ガラス真空瓶などがずらりと並ぶ6階の火山化学実験室だ。
 それまで気象庁や気象研究所では、火山ガスなどを分析する火山化学を専攻してきた研究者がいなかったこともあり、谷口さんは赴任後、旧実験室を改装した火山化学実験室の整備に努めてきた。設備や機器をそろえながら、全国各地の活火山の火山ガスや温泉などの試料も集める。アルカリ液などで溶かした火山ガスが入った膨大な数の容器は「平穏時のデータを集めておかないと、いざという時に比較ができない」ために増え続ける一方だ。火山周辺の温泉水も集めている。
 2017年10月、6年ぶりに噴火した宮崎、鹿児島県境の霧島連山・新燃岳。活動が高まるのかどうか関係者の間で緊張が高まっていた中、谷口さんの研究者仲間が地元で採取した火山灰が続々とこの実験室に送られてきた。谷口さんは火山灰に含まれる塩素と硫黄の比率に注目した。当初は塩素の割合が大きく、地下の高温化につながる指標として警戒したが、次第に塩素の割合が低下し、胸をなでおろした。

谷口さんは神奈川県出身。東京工業大の付属高、東京理科大を経て東京大大学院新領域創成科学研究科へ。博士論文は、南部フォッサマグナの深層地下水をめぐる形成過程や水質の研究だった。その後、東海大理学部化学科の特定研究員だった2015年春、箱根山で火山活動が活発化する。6月には大涌谷で小規模な噴火が発生した。もとの研究対象は火山ではなかったが、地元で観測作業を手伝う中で、火山研究に対する社会の期待を肌で感じた。噴火の規模は大きくなるのか、活動はいつまで続くのか…。こうした問いに対し、火山灰などを集めて分析し、できるだけリアルタイムで見通しを発信する―。そんな研究者の姿に接し、「自分も社会の役に立ちたい」という思いが芽生えた。気象研が研究員を公募するという話を聞き、手を挙げた。
 気象研での主な任務は「火山ガスの観測による火山活動評価」。火山活動を評価するデータとして、火山性地震や火山性微動、山の膨らみなどの地殻変動はよく知られているが、地表に出てきた火山灰にどんな成分が付着しているのかを調べる火山化学の手法も火山活動の推移を予測する上で欠かせない。「火山体の地下を見ることができない中で、直接の物的証拠をつかまえて分析する作業は重要です」。谷口さんは解説する。
 国内で、火山ガスの研究者は大学などの研究機関でもわずかしかいない。谷口さんは、大学側から「気象庁も火山化学の専門家を採用すべきだ」という声も出ている中での採用となった。
 気象研究所は2016年、谷口さんを含め30~40代の男性研究者5人を新規採用した。谷口さん以外の4人は地球物理学を専門としてきた研究者。いずれも気象研勤務を経て17年から、各地に異動した。赴任先は、奥山哲さんが気象研究所の札幌分室研究官という位置づけで札幌管区気象台、岡田純さんが仙台分室研究官として仙台管区気象台、川口亮平さんが東京分室研究官として気象庁本庁の火山課、森健彦さんが福岡分室研究官として福岡管区気象台になった。
 このうち岡田純さん(38歳)は約半年間のつくば勤務を経て、仙台管区気象台の地域火山監視・警報センターに 2016年7月に赴任した。東北地方に18ある活火山の監視を行っている部署で、「毎日」、「1週間単位」、「月単位」の火山活動評価や観測業務を支援している。17年秋に秋田駒ケ岳で火山性地震が増えた際、たまたま近くの秋田焼山にいたことから移動して機動観測に入ったほか、蔵王山や吾妻山の噴気孔を熱赤外カメラで計測するなどした。
 北海道出身の岡田さんは1998年、北海道大理学部に入学。北大大学院理学研究科で地球惑星科学を専攻し、博士論文のテーマは有珠山のマグマ貫入時の地殻変動だった。国内外を含めて次の進路を探していると、日本火山学会のメーリングリストでポルトガルのアゾレス諸島にあるアゾレス大で研究員を公募していると知り、同大火山学地質リスク評価センターの任期付き研究員として7年間籍を置いた。地元の火山や地震の活動を監視し、評価するという現在の業務につながる内容で、その結果は地元行政やポルトガル政府に伝えていた。
 現地は北米、ユーラシア、アフリカという3つのプレートがひしめく境界にあり、火山活動や地震活動が起きている。その研究や、地元にある地熱発電所での臨時観測にも携わった。同僚と交わす言語は英語やポルトガル語。「火山を抱えた地域の中で研究できるところが魅力」で、当初は「2年ぐらいで帰国しよう」と思っていたのに、滞在期間は大幅に長くなった。地元の政府や自治体、消防の関係者らと協議しながら地震計などの観測機器設置も担っており、学校の敷地で作業をしていると子どもたちが「何をしているの」と興味深そうに寄ってくることもあった。欧州開催の関連学会にもよく足を運んだ。
 滞在中、日本では危機管理が問われた御嶽山の噴火(14年)や口之永良部島の噴火(15年)があった。海外でその火山活動や防災対応を注視しながら「学んできた地球科学の成果を社会に伝え、発信すべき立場にある」という自覚も深まった。  帰国後の就職先を探していた15年夏ごろ、気象研が研究員を公募しているのを知った。「一般的な職員採用ではなく、自分の専門を評価してもらえる研究職」という公募が魅力だった。15年末に帰国し、16年2月から気象研の研究員に。仙台という地方勤務は「火山に近づけるので願ってもないこと」。必ずしも火山に詳しい職員ばかりでない管区気象台の組織内や、活火山を抱える自治体と意思疎通を図っていきたいと考えている。
 気象研は、山里平さんが部長を務める火山研究部の研究者がこの5人を含めると16人になった。活火山の監視業務を担う気象庁は、大学や大学院で火山学を専攻した職員が少なく、専門性の強化が要請されてきた。今回、気象研究所が正規の研究員として5人を迎えたことは画期的な措置で、「ポスドク問題」という、どの研究分野でも悩ましい博士号取得者の進路について一つの可能性を示した。火山を大学院で学んだ人がその専門性を進路で生かそうとしても、これまでは研究者か独立行政法人の研究機関、コンサルなどに限られて、しかも任期付きの不安定な状態の場合が多かった。進路の選択肢が増えることは、大学・大学院で専攻する若い世代の増加にもつながる。
 さらに、気象研研究官の肩書で専門性の高い研究者が各地の気象台に常駐することはそれぞれの観測・監視能力の強化や底上げにつながる。各地の研究者や自治体との関係強化も期待できる。国家公務員の定員や選考試験の枠がある中で、今回の採用は現状で社会に示せる一つの答えだ。この流れが一過性で終わらず、継続されることを願う。それには気象庁だけにとどまらず、政府全体や政治家の支えが不可欠である。

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