シリーズ「火山を伝える若い世代」
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4回目 火山研究を生かし民間企業へ
2023年4月1日
「火山を伝える若い世代」第4回は、防災科学技術研究所を経て今は民間の爆発研究所で勤務する黒川愛香さんに、これまでの研究や現在の仕事、育児との両立についてお話をうかがった。
(日本火山学会広報委員・所澤新一郎=共同通信)
黒川さんの朝は忙しい。5時に起床、4歳と2歳の子ども2人を車に乗せて保育園まで送り、8時前に茨城県内の職場に出勤する。午後4時に職場を出て保育園に迎えに行く日々。今は少し落ち着いてきたが、かつては「夜中に3回は起こされていました」。2回の出産と休職・復職を繰り返しながら研究・仕事との両立に懸命だ。「1人では無理。役割分担をしている会社員の夫と、近くに住んでいる母親の協力なしにはできません」
横浜市の捜真女学校を卒業、東京工業大学理学部第1類物理学科へ。大学を目指したころは宇宙に興味があって、入学後は物理と地球惑星科学に関心が湧いた。「物理から地球惑星科学に移ることはできるけど、逆はできない」と先輩に言われ、まず物理学をきちんと学ぼうと考えた。次第に具体的な研究対象を持ちたいと思うようになった。卒論研究では、物体を立体的に捉えることのできるステレオカメラと、自己位置推定のためのオドメトリ法を搭載した台車を制作し、自律走行ロボット用の数値Mapを作成した。画像解析する際のプログラミングの作業はエラーを繰り返し「当時は嫌だったけど、覚えたスキルが今データ解析に生きています。無駄ではなかった」。基礎的な考え方を身に付け、「こうすればできる」という引き出しを持てた経験は大きかったと振り返る。
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が起きた2011年3月に卒業。在学中に「やはり自然科学をやってみたい」という思いが芽生えていて、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の修士・博士課程へ。東大地震研究所の栗田敬・現名誉教授の研究室に入った。「自由な雰囲気があった」という栗田研ではユニークな企画として「ランチセミナー」があった。自身が取り組んでいる研究テーマでなくても、どんな内容でもいい。自分が興味を抱いた対象の論文を紹介し、院生同士で議論する面白い空間だった。先輩は洗髪するときのシャンプーのはね方を取り上げた。黒川さんは深海で生息するカニのことを紹介した。「研究には直結しないけど、関心の間口が広がった。1人で研究に没頭するだけではなくて、議論する楽しさがありました」
もともと火山に興味があったわけではない。指導に当たった栗田さんは「急いで研究対象を決めなくていいのでは」というスタンスだった。「栗田先生ご自身が宇宙のことも手がけるなど、研究対象が広かった。長い目で見てくださったことは私にとってありがたかった」と感謝している。
「このサンプル、測ってみたら」。あるとき、栗田さんから保水剤のポリマーを渡された。植物の花壇やおむつなどに使われており、常温では水分を吸収してゲル状となるが、高温になると保持していた水をはき出す性質がある。温度による形態の変化を「面白いな」と感じた。「この変化をマグマに例えたら」。マグマが温度によって変わることとつながるかもしれない。徐々に火山や流体、そして物質の変形や流動に関する研究分野「レオロジー」に興味を持つようになった。当初は「修士でやめる」と宣言していたが、次第に「もうちょっと、続けようかな」と思うように。
栗田さんの「とにかく海外に一回は行け」という方針のもと、修士課程でジュネーブ大に3カ月の短期留学、博士課程でフランス・リヨンの高等師範学校で3カ月、実験などに携わった。語学はもともと好きで「中高でもアメリカへのホームステイなどの経験から、英語で海外の人と通じる楽しさを感じていた」という。ジュネーブ大では、岩脈を模した大型実験装置を使って、水飴に気泡や水を入れる量を変化させて実験を繰り返し、岩脈中のマグマ流動を再現した。リヨンでは超音波を使って流れ場を可視化する装置で実験、一部が流れて一部は不安定に止まったり流れたりするような変化を分析、博士論文に生かした。実験結果を見ながら、「なんでこうなるんだろうね」という議論が楽しくて仕方がなかった。
マグマレオロジーに関する研究は多いが、物理学の視点から見ている人は世界的にも少ないと感じている。そして、定常状態のマグマレオロジーよりは定常状態になる前の段階、非定常・非線形のレオロジーに関心がある。「マグマも非線形で共通している。きれいになる前の複雑な段階のレオロジーに注目しています」。ゆっくりとした時間の変化に伴う現象であるエイジングに興味を抱いた。「放っておくと挙動が変わる。マグマの流動に影響するのではないか」。博士論文の素材はコロイドゲル、「まとまりたがり、エイジングする」アナログ物質だった。
マグマの挙動を、違う視点から捉えてみたい。こうした関心は16年4月に防災科研で契約研究員として入職してからの約7年間も続いた。マグマの流動が関与しているとされる火山性微動の起源に、レオロジーがどのように関与しているのかも突き詰めてみたかった。
防災科研では大学院時代からのマグマレオロジーに関する実験に加え、空振にも取り組んだ。火山で地震が生じると地震計と同時に空振計も揺らす。一方で、火山で空振が起きると地面を空振がたたくので地震計に変化が出る。どちら由来なのか、分からないことが多い。アクティブな火山島、硫黄島を対象に気象庁の地震計や空振計から、実際はどちらに近いのかを検出してみた。空振計のデータを伊豆大島や三宅島で丁寧に見たら、火球や隕石のシグナルがきれいに捉えられているのも興味深かった。研究の過程で、硫黄島には「私たちから見えている島は山頂のごく一部だが、一年に数十センチ隆起し続けている、面白い火山だな」と魅せられた。「実際に火山という対象を見られるのは大きかったですね」。波形をつぶさに見ていく作業は「今の仕事に生きています」。
2023年から、民間の「爆発研究所」にエンジニアとして転職した。直径数十㌢のアクリル管に可燃性ガスや支燃性ガスを入れて刺激を与え、爆発現象を探る。ガスの割合などを変えながら、どういう条件だと爆発するのかを調べる実験などをしている。こうした知見の蓄積が、取引先である産業界などから必要とされているのだそうだ。そして「これまで取り組んできたことが生きている」と感じる。「レオロジーによって火山が爆発する条件が変わる可能性を探ることと、タイムスケールは違うけど、圧力や温度を変えて爆発の実験をしていく今の仕事は似ています」。こうした民間企業や産業界との連携で火山研究が進む可能性があるとも感じている。
防災科研在職中、2度の出産をした。1回目の出産後に復職すると、長女がよく体調を崩し、預け先の保育園まで引き取りに来るよう、頻繁に呼び出された。「満足に働けない状態で、職場に申し訳ないという気持ちや焦りもありました」。呼び出された保育園に向かうため、職場を途中で退出しながら「私は何をしているんだろう」と悩むことも。「いつ呼び出されるか分からなくて不安だったし、娘もつらそうだった」。呼び出されたら職場を離れないといけない。仕事をいかに効率的に進めるか考えるようになり、できる時に「やれることはやらないと」という姿勢になった。「育児はアウトオブコントロールですね」。
1回目の出産経験で、いつ職場を離れるのか、いつ復帰するのか、どこの保育園に通わせるのか、どの保育園・無認可保育所なら空いているのか、といったことを総合的に考え、早めに動く必要性を痛感した。だから、2回目の妊娠が分かると、「戦略的に考え、保育園などをすぐにリサーチしました」。幸い2人とも同じ保育園に入れることができたが、子どもの昼寝用の布団を車に詰め込み、1人を抱っこし、1人を歩かせながら送迎する日々は「結構大変です」。大学が一緒でメーカー勤務の夫は、黒川さんの仕事に理解があり、役割分担ができているというが「毎日ドタバタしています」。「家で研究できる時間はありますか」と尋ねたら、笑って「ないです」と即答した。
復職のタイミングも悩みだった。1人目のときは8カ月だったので、2人目の出産後は「平等に、8カ月で戻ろう」と考えたが、保育園の空き状況を見ながらの判断になるし、「子どもと過ごす時間って一生でそんなにない。かわいい時期、できるだけ一緒にいたい」思いがあった。一方で、「研究はどんどん進んでいくのでブランク空けすぎるのもなあ」とも考えた。「早めに復帰して、子どもとも極力触れられるように、いちばん短い勤務時間で」という結論を出した。
黒川さんの母親も、仕事をしながら黒川さんを育てたという。「母親が働くということが自然だった。ずっと一緒の時間を母と過ごせたわけではないけれど、一緒にいられる時間はうれしかったし、たまに幼稚園帰りに外でおやつを一緒に食べるのも楽しかった。親が祖父母とかいろいろな人を頼ったので、私もいろいろな人に育ててもらったと感じています」。「さみしい思いをしたことがない」ことも、自分が子育てする立場になって、あらためて「母はうまくやってくれていたんだなあ」と感じている。
プライベートに関わる、育児のこうした苦労話や葛藤を話してくださったのは「自分がこういう話をもっと聞きたかったから」だそうだ。「育児の大変さは、経験しないと分からないと思う。どうしたらいいのか、ずっと不安があったし、ほかの人の参考になればと思って」。そして「両立は確かに大変だけど、子どもが可愛いから頑張れるし、やれば何とかなります」とも。「火山の分野では私のような立場の研究者はまだ珍しいかもしれませんが、働きながら育児をしている友人も多くいます。後悔はしていませんし、今の生活は楽しいことも伝えたい」
黒川さんにとって研究の魅力とは―。そう尋ねると、「データを見て考えるんですよ。予想と違う挙動になっても楽しいし、自分の思い通りになっても楽しい」と笑顔を見せた。「整合性が合うとうれしいし、結果が違うと『何でだろう』『何か変だね』ということから、またいろんなアプローチが始まる。それでまた違う実験をしてみて考え、工夫して分かっていく。プロセスは地味だけど面白いですね。それから議論も大事ですね」と語る。
火山研究の魅力も併せて聞いてみた。「現象がバラエティだし、研究もいろんな側面からの手法でできる。自分が携わることができるのはその中の一部だけど、火山はバリエーションが多い面白さがありますね。新しい手法も出るし、いつまでも、一生学べる楽しさがある」。さらに火山研究は「これしかない、と決まっていないのがいい」とも。「物理、化学、地質などさまざまな手法がある。頭も柔軟でいられるというか、謙虚に研究できる。知らない部分があるという前提なので、自分の関わっていない分野の学会も聞いていて楽しい。そこが火山研究の魅力ですね」とメッセージを語ってくれた。
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