火山についてのQ&A集 | |
---|---|
Question #321 | |
Q |
はじめまして。富士山のすぐ南側にある愛鷹山について質問させてください。先日知り合いから「愛鷹山も火山らしい」という話を聞きました。
確かに、裾野のラインを上の方に延ばしていけば富士山のような成層火山のような形になるような気がします。
しかし、かなり浸食されているようですし、山頂の方まで緑で覆われているようですので、仮に火山だとしてもかなり前に活動を終えているような気がします。
もし愛鷹山が火山だとしたら、一体いつ頃から活動を始めたどのような火山なのでしょうか?
また、富士山が今後も活動する可能性のある火山だというのなら、愛鷹山も活動する可能性はあるのでしょうか?
毎日見ている山なのでとても気になります。よろしくお願いいたします。
(11/20/99) martin:会社員:30 |
A |
よい質問をありがとうございます.愛鷹山の素性について,じつに的確な類推をなさ
っており感心いたしました.ご察しのとおり愛鷹山は浸食の進んだ古い火山です.お
そよ40万年前から噴火を始め,10万年前頃に噴火を終えたことが,山麓の堆積物調査
によって判明しています.今後噴火を再開するかどうかについて確かなことは不明で
すが,富士箱根伊豆地方の他の火山の中に10万年もの噴火休止期間があった例はみつ
かっていないので,おそらくその可能性は小さいのではないかと思います.
(12/1/99)
小山真人(静岡大学・教育学部) |
Question #310 | |
Q |
先日、秋田の高松岳の麓にある川原毛地獄に行ってきました。多くの噴気口から硫黄を含む噴気が立ち上っていました。高松岳は活火山ではない古い火山で、周辺の兜山や小比内山もやはり火山だそうですが、これらの活動についてご教示下さい。また、比較的容易に入手できる文献などありましたら、合わせてお教えいただければ幸いです。
(11/9/99)
HIRO:会社員:36 |
A |
HIROさん,こんにちは.
小比内山が火山とご存じとは恐れ入りました.専門家にもほとんど知られていません
.もしかすると,HIROさんは地質関係の会社の方ですか?
>高松岳は活火山ではない古い火山で、周辺の兜山や小
>比内山もやはり火山だそうですが、
はい、そのとおりです.個別に解説いたしましょう.
高松岳:30万年前に短期間活動した成層火山.主要な噴出物はデイサイトの溶岩.
兜山:110万年前から120万年前の溶結凝灰岩.噴出中心はよくわからない.木地山近
辺のものは30万年前くらいの溶結凝灰岩(*高島ほか,1999).
小比内山:現在調査が進行中.70万年前から100万年前に活動した火山らしい.
(*高島 勲,荻原 宏一,張 文山, 村上 英樹 (1999) 秋田県泥湯周辺地域の第四紀
火山岩類のTL年代.岩石鉱物鉱床学雑誌,94,1-10.)
なお,比較的容易に入手できる一般向けの文献は残念ながらありません. ただ,年代、噴出物のデータは日本火山学会からまもなく発行される 「日本の第四紀火山カタログ」 (第四紀火山カタログ委員会) CD-ROM版(頒価2,500円送料別) に掲載されています. (12/1/99) 林信太郎(秋田大学・教育文化学部) |
Question #307 | |
Q |
はじめまして。栃木県の中学校で先生をしています。理科の授業で火山を教えました。栃木県の火山にはどんなものがありますか?また。学校の窓から高原山がよく見えます。この高原山は火山ですか?休火山?ですか?愚問ですが素朴な疑問です。
(11/4/99) よしろう:教諭:31 |
A |
栃木県の火山には、北から那須、高原、日光の各火山があります。
那須火山群は栃木・福島県境挟んで南北に分布していますが、このうち栃木県内に あるのは、40〜30万年前ころに活動した三本槍岳火山、10〜20万年前に活動した朝日 岳火山と南月山火山、そして1万年前以降現在まで活動を続ける茶臼岳火山がありま す。何れも小型〜中型の安山岩質成層火山で、溶岩ドームもともないます。14〜17万 年前、3〜4万年前、1万6千年前には大規模な山体崩壊を起こし、岩屑なだれ堆積物が 山麓の那須野原を広く覆い尽くしました。最新の大規模な活動は1408〜1410年(応永 15〜17年)に起こった室町時代のものです。このときの噴火で現在の山頂を作る茶臼 溶岩ドームが生まれ、また小規模な火砕流も発生しました。また、火山泥流による那 珂川の洪水で、180人あまりの犠牲者を出し、多数の家屋や家畜が損害を受けました 。また、明治時代以降も水蒸気爆発をしばしば起こしており、1881年、1953年、1960 年、1963年には降灰をともなうような噴火活動が生じています。山頂まで登る観光客 や登山客は多いですが、現在も生きている要注意の火山といえるでしょう。 高原火山では、35〜40万年前に、大規模な大田原火砕流が噴出し、大田原周辺の原 野を埋め尽くすとともに、塩原カルデラが形成されました。塩原温泉付近に分布する 塩原湖成層は、このカルデラの中にできた湖に堆積したものです。その後、カルデラ をほぼ埋めるように、前黒山、明神岳、鶏頭山、中岳、西平岳などを構成する安山岩 質成層火山群が形成されました。さらに高原山頂付近に東に開いた馬蹄型カルデラが 形成され、このカルデラ内に釈迦岳、剣ヶ峰などの火山体が噴出しています。最新の 活動は約6千年前のもので、北側山腹に富士山溶岩ドームと多数の割れ目群が形成さ れました。この割れ目群からは、現在でも時折活発な噴気活動がみられることがあり ます。そういった点では、高原火山はまだ生きている火山といってもよいでしょう。 日光火山は、60〜7万年前まで、一番東側に分布する女峰・赤薙成層火山が活動し ていました。その後、その東側に活動中心が移り、丹勢、大真名子ー小真名子、太郎 ー山王帽子などのようがんドームや厚い溶岩流からなる火山群が形成されました。丹 勢火山の上に、2万5千年前〜1万2千年前にかけて男体山成層火山が噴出し活発な活動 を続けましたが、1万2千年前以降は完全に活動を停止しています。その後、活動の中 心はさらに西に移動し、戦場ヶ原の北部、日光湯元温泉近くに三ツ岳溶岩ドームが、 また5千年前以降は日光白根火山が活動を始め、現在に至っています。日光白根火山 は厚い溶岩や溶岩ドームからなる成層火山で、江戸時代初期の1649年には、比較的規 模の大きな水蒸気爆発をともなう噴火を起こしており、日光火山群中唯一の活火山で す。最近も火山性地震が活発になり、噴火を心配されたことがありました。 (11/28/99) 高橋正樹(茨城大学・理学部・地球生命環境科学科) |
Question #301 | |
Q |
先日、草津白根山に行ったのですが、湯釜と弓池の水質の違いに驚きました。噴火した年代が違うと言えばそれまでですが、 時間の経過と水質の変化について深く知りたいので教えてください。 (10/25/99) 今日はいい天気:学生:18 |
A |
弓池は単なる天水(雨水や雪)に土壌から供給される硫酸イオンが加わった水です。
その硫酸イオンは土壌に含まれる火山起源の硫黄が微生物の作用によって酸化して形
成されます。弓池の水には塩化物イオンはほとんど含まれていません。
一方で湯釜の水には火山ガスや温泉水が直接混ざっています。これらは湖底にある噴
出孔から放出されています。これらのガスや水には塩化物イオンが高濃度で含まれて
いるので湯釜の湖水には高濃度の塩化物イオンが検出されます。そのため湯釜の酸性
度は弓池より強くなっています。塩化物イオンの起源は白根山の深部に存在すると考
えられるマグマです。塩化物イオンはマグマからの寄与があるかないか判別する指標
になります。湯釜も約100年前には弓池のような沼で魚が生息していたとの記録が
あります。その後火山活動が活発化し現在のような水質に変化しました。
(11/12/99)
大場 武(東京工業大学・草津白根火山観測所)
|
Question #294 | |
Q |
はじめまして、北海道に住んでいる会社員です。
千島列島の自然や歴史に興味がありますが、千島列島の火山にはどのようなものがありますか。
先日、日ロの学者団が爺々岳を共同調査したということが報じられていましたが、この結果に関
するHPや千島列島の火山に関するHPをお知りでしたら教えて下さい。
宜しくお願いいたします。
(10/20/99)
北都:会社員:32 |
A |
北都さん こんにちわ。
千島列島は南側では2重弧(南側の歯舞−色丹島,北側の国後−択捉島)を作り,南
側の島々に新しい火山(数100万年前以降に活動した)がないのですが,北側の国後
島からカムチャッカ半島まで続く島々のうち,最北端の占守島を除く島々は新しい火
山活動の産物によって作られており,文字どうりの火山列島です。現在も活動中の火
山が多く,いわゆる北方領土の国後と択捉島だけでも,日本の気象庁の認定による10
もの活火山があります。
主な火山島を北からあげると,
1.アライド島,アライド火山(標高2339m):アライト島全体が火山です。1933-
千島列島の火山研究は戦前は日本の研究者によって,戦後も1960-70年代頃までは旧 ソ連の研究者によって活発な研究が行われてきました。しかしその後は旧ソ連の崩壊 により研究は停滞しています。最近になって千島列島の火山の噴火による噴煙で,東 側の北米−アジア航路を通る飛行機の運行に重大な支障をきたすことが予測され,ア メリカを中心にアラスカ,アリューシャン,カムチャッカそして千島列島の火山観測 体制の強化の必要性が叫ばれています。日本の我々のような研究者にとっても,北方 領土の火山については日本,特に北海道の火山活動を理解するために興味ある研究対 象なのです。 昨年から北方4島でのロシア側とのビザなし交流の特別枠に専門家交流が組み込まれ ,今年の夏に国後島の爺爺岳を対象とした日ロの合同調査が行われました。回答者も その中の火山地質班の1員として爺爺岳に登りました。メンバーは火山地質,火山物 理および火山化学の専門家から構成され,その他に植物学者も加わりました。今回の 調査はわずか4泊5日の調査であったため,その調査対象も1973年の山腹噴火と1812年 の山頂噴火に絞りました。その主な結果としては 1)1973年噴火は山体の北および南側の山麓から,それぞれマグマを噴出した珍しい 噴火であったことが確認できました。 2)噴火そのものが不確かな山頂火口での噴火ですが,1856年の北海道駒ケ岳の噴火 による火山灰のみに覆われる溶岩流を見い出し,1812年の噴火が溶岩流の流出を主体 とする噴火であることが明かになりました。 3)山頂火口からはその他にも多数の溶岩流が流出しているが確認でき,1856年の北 海道駒ケ岳の火山灰に加えて,1732年の樽前火山の火山灰にも覆われていたりするこ とや,溶岩流の上の植生の発達の程度の違いから,最近の数百年の間に何回かの溶岩 流の流出を繰り返したりしていることが明かになりました。 今年の調査では同時に多数のサンプルを採取し,その分析・解析が現在進行中です。 我々はこれの結果をまだHPに載せていません。すみません。また千島全体についての 火山を紹介しているHPも私は知りません。ただ今回の調査および調査結果については 8-10月までの朝日新聞の北海道版で紹介されてきました。その記事は来年には「新 北の火の山」(小池省二著)として出版され,一般の書店に並ぶはずです。北都さん は北海道の方ということでご紹介しますが,11/2-11に札幌のサッポロファクトリー ・レンガ館3Fの「コニカプラザ・サッポロ」において今回の調査の写真展が開催さ れています。そこで爺爺岳の美しい山容を見ることができるでしょう。なおこの写真 展は来年には東京でも行われる予定です。 (11/2/99) 中川光弘(北海道大学大学院・理学研究科・地球惑星科学)
|
Question #292 | |
Q |
箱根についての質問です。先日、学校の旅行へ箱根へ行き、箱根が大きなカルデラであることを知りました。現在のようになるまでに、いろいろと噴火を繰り返したそうなのですが、それがいつ頃、どれくらいのものだったのかを知りたいです。あと、芦ノ湖スカイラインの三国山のあたりに、「命の泉」という涌き水があるところがあったのですが、なぜその様な高所に湧き水ができたのかもよければ教えてください。
(10/19/99)
KEI:高校生:15 |
A |
箱根火山の噴火の歴史について
箱根火山が噴火を始めたのは約50万年前ごろからとされています。そのころは 玄武岩質〜安山岩質のマグマが伊豆大島の1986年の噴火(ストロンボリ式噴火や サブ・プリニー式噴火と呼ばれるタイプ)や桜島でしばしば起こるような爆発 (ブルカノ式噴火)のような噴火をくりかえし、溶岩流やスコリア(穴のたくさ んあいた黒い火山れき)、火山灰の積み重なりからなる富士山に似た成層火山を つくっていたと考えられています。しかし、おおきな一つの火山というよりは、 金時山や明神ヶ岳などのやや小さい成層火山がいくつか集まった火山群であった ようです。スコリア丘(ストロンボリ式噴火でできた小さな丘)や溶岩ドームの 小さな火山もあちこちに沢山つくられました。 噴火のイメージとしては伊豆大島の1986年の噴火(ストロンボリ式噴火やサブ・ プリニー式噴火と呼ばれるタイプ)、桜島でしばしば起こるような爆発(ブルカ ノ式噴火)が挙げられると思います。 25万年くらい前になると、デイサイト(石英安山岩)質〜流紋岩質のマグマが 大規模で爆発的な噴火をおこなうようになりました。フィリピンのピナツボ火山 の1991年の噴火のように、噴出した軽石(穴のたくさんあいた白い火山れき)や 火山灰は雨のように降り積もったり(プリニー式噴火と呼ばれるタイプ)、大規 模な火砕流となって流れ下って裾野一帯を埋め尽くしたりしました。そのような 破局的な噴火が火山体の中央部で何回かおこなわれたために、地下の火道周辺の 岩盤やそれまでに出来ていた火山体は大きく破壊され、上に向かって開いた大き な窪地(カルデラ)が出来たとされています。火山体の破壊され残ったところが 古期外輪山と呼ばれる環状の山稜となりました。また、この時期にもカルデラの 外の古期外輪山の御殿場市側と真鶴町側の地域では玄武岩質〜デイサイト質マグ マの小規模な噴火が何回もおこっていて、スコリア丘や溶岩ドームの小さな火山 が沢山つくられています。 15万年くらい前から8万年くらい前までの間も軽石や火山灰を吹き上げるよう な噴火が続きましたが、カルデラを広げるような大きな噴火は下火になりまし た。また溶岩流も流出するようになり、カルデラの中は屏風山や鷹ノ巣山などの あたらしい火山体(新期外輪山と呼ばれます)で埋め立てられてしまいました。 8万年前から5万年前までの間にデイサイト質〜流紋岩質のマグマが大規模な爆 発的な噴火を数回おこない、新期外輪山の西部を破壊しふたたびカルデラを形成 しました。5万年前の大噴火の堆積物は良く調べられており、南関東一帯に軽石 が降り積もり(東京軽石層と呼ばれています)、火砕流は四方に流れ、60km以上 はなれた横浜市にまで達したことが知られています。 5万年前よりあとは安山岩質のマグマが噴出しカルデラ内に神山や駒ヶ岳、双 子山など溶岩流や溶岩ドームをたくさんつくりました(中央火口丘と呼ばれてい ます)。これらの溶岩が噴出する際、溶岩表面の岩塊が崩落してしばしば火砕流 が発生しました。 最後の溶岩の噴出は約3千年前とされています。このときはまず磐梯山の1888 年の噴火のように、神山の不安定な急斜面が大きく崩れ(水蒸気爆発がひきがね になったのではないかといわれています)、山崩れの堆積物は川をせき止め芦ノ 湖をつくりました。その後間をおいて(200年ぐらい)、崩壊でできた馬蹄形の 窪地のなかに、雲仙火山の1990年〜1995年の活動のように火砕流を発生しながら 溶岩ドームが成長して現在の冠ヶ岳をつくりました。 3千年前以降は、水蒸気爆発のような小規模な噴火のおきた可能性はあると考 えられますが、具体的な噴出物はしられていません。歴史時代に噴火の記録もな いようです。しかし現在も大涌谷などで激しくガスが噴出している姿をみると、 エネルギーを秘めた油断のならない火山であることが感じられるでしょう。 以上のような箱根火山の噴火の歴史は箱根での地質調査だけでなく、周辺、特 に風下に位置する大磯丘陵に降った火山灰の積み重なりの調査研究によって明ら かにされてきました。しかしなぜ噴火のしかたが複雑な変化をたどったのかはま だ分かっていません。 「命の泉」について 「命の泉」は私も調査で訪れたことがありますが、芦ノ湖スカイライン沿い、古 期外輪山の峯の一つである三国山の山頂から南南西へ300m程はなれたところにあ ります。ここでは風化した火山灰の層の上を安山岩質の溶岩流が覆っているのが 観察されます。火山灰の層の上部は溶岩流が覆ったときに熱で焼かれて赤くなっ ています。泉の水は溶岩と火山灰の境目から湧き出ているようです。風化した火 山灰層は粘土になっているので水を通しにくく、不透水層となっているのに対 し、溶岩のほうは割れ目がたくさんできているので水の通り道になっているので しょう。この境目は西に10〜15°位の角度で傾いています。おそらく三国山山頂 付近に降った雨水が地下ふかくまで浸み込む途中で不透水層に行き先をはばま れ、不透水層の上面にそって西へ向かって流れて涌き出したと考えられます。こ の泉に雨水を集める範囲は大きく見積もってもせいぜい400m四方ぐらいしかあり ませんが、それだけ箱根の高所は雨が多いということではないでしょうか。 (10/30/99) 長井雅史(東京大学・地震研究所)
|
Question #291 | |
Q |
福井県に住んでいます。福井県にはどれだけに火山があるのかをしりたいのですが、教えていただけますか。また、大学生の頃、観察にいった大野市の経ヶ岳の麓には火山の噴火で、飛んだと思われる、大きな岩が至るところにありますが、この山はまた噴火する可能性があるのでしょうか。
(10/18/99)
たいママ:兼業主婦:28 |
A |
福井県には活火山はありません.地質調査所1981年発行の「日本
の火山」という地図に載っている福井県内の火山は,火山体の一部
が福井県内にはみ出ているものも含めて,大日山火山,経ヶ岳火山
(取立山,赤兎山,法恩寺山を含む),願教寺山火山の3つです.
これらは九頭竜川の北に,福井・石川県境に沿って西北西方向に
並んでおり,岐阜県内の大日ヶ岳火山,烏帽子・鷲ヶ岳火山と合わ
せて「九頭竜火山列」をつくっています.
清水ほか(1988)による溶岩の年代測定結果は,大日山が330-357 万年前,経ヶ岳は88〜134万年前,願教寺山は272-311万年前 (133万年前というデータも1つあります)です.大日山と経ヶ岳の間 には,もっと古い505万年前の火打谷溶岩や430-463万年前の谷峠 溶岩もあります. 経ヶ岳火山の山麓を観察されたとのことですが,九頭竜火山列の 中では,経ヶ岳火山が最も新しく,大野市側の山麓には,火山体の 崩壊による流山や岩屑流堆積物が広く分布しています.しかし,最近 数10万年間は噴火の証拠がなく,九頭竜火山列の他の火山も含めて 今後噴火する可能性はほとんどないと考えられます.ただし,地震や 集中豪雨などをきっかけとして,山体崩壊を起こし,災害をもたらす 危険性はあります. この他,福井県内の「火山」としては,若狭地方の高浜町西部に青葉山 があり若狭富士とも呼ばれています.この火山は恐らく鮮新世(170-520 万年前)のもので,かなり侵食されています.また,観光地として全国的 に有名な東尋坊や越前松島など,三国海岸にも安山岩〜流紋岩質の 溶岩や火砕岩が分布していますが,これらは約1300万年前のものです. 一方,越前海岸一帯から丹生山地,福井市内(足羽山など)を経て 丸岡町・金津町まで,そして南は勝山・大野を経て荒島岳まで,「グリー ンタフ」とよばれる火山岩類が大規模に分布していますが,これは1600- 2000万年前の激しい海底火山活動で形成されたものです.これらはい ずれも相当古い時代のもので,青葉山以外は火山体の形を全く残して いません. 以上,福井県内の火山について,概略を述べました. (11/11/99) 石渡 明(金沢大学・理学部・地球学科)
|
Question #290 | |
Q |
私は神戸市の御影に住んでいます。御影といえば全国的に御影石が有名ですが、その御影石は一体いつどのようにして出来たものなのでしょうか。また、花崗岩のことを全て御影石と呼ぶのでしょうか。それと、御影石が六甲山で採掘されるとすれば、六甲山の火山活動によるものだと思うのですが、現在、六甲山は活火山ではないので、六甲山の最期の活動はいつ頃で、どういった痕跡が残っているのかを教えてください。
(10/9/99)
小池:大学生:19 |
A |
<御影石は一体いつどのようにして出来たものか>
御影の裏山にあたる六甲山は、すべて御影石(黒雲母花崗岩)からできています。こ の御影石は、約7千万年前(白亜紀といって恐竜が全盛だった時代です)に、珪酸(S iO2)成分に富む流紋岩質マグマが地下でゆっくりと固まったもので、一般には深成 岩とよばれるものです。御影石は、石英、斜長石、カリ長石、黒雲母といった鉱物か らできています。 <花崗岩のことを全て御影石と呼ぶのか> 花崗岩のことをすべて御影石というわけではありません。それぞれの産地の名前でよ ばれることが普通です。岡山県では万成(まんなり)石とか、茨城県では稲田(いな だ)石とかいった具合です。ただし、その中でも御影石は最も全国的に有名で、花崗 岩の代名詞のように使われています。 <六甲山の最期の活動はいつ頃で、どういった痕跡が残っているのか> 御指摘のように、六甲山の御影石は火山活動に関係した地下のマグマ溜りがゆっくり と固まったものです。この御影石に関係ある火山岩は、六甲山の北の有馬温泉から西 の丹生山にかけて分布しています。これらは、御影石の貫入を受けており、花崗岩マ グマの貫入に先行して生じた火山活動の産物です。これらの火山岩は流紋岩質溶岩と 火砕流堆積物からなっています。活動の時代は御影石と同じ約7千万年前です。白亜 紀という、地表を恐竜が濶歩していた大変に古い時代の出来事です。 最後に宣伝ですが、もし花崗岩に興味がおありでしたら次の本を読んでみて下さい。 大きな書店でご注文頂ければ手に入ると思います。
「花崗岩が語る地球の進化」 自然史の窓シリーズ第7巻 岩波書店 1999年7月発刊
高橋正樹(茨城大学・理学部・地球生命環境科学科)
|
Question #289 | |
Q |
火山前線と火山分布および地下のマグマ溜に関してご教示ください。(1)火山の山体の地下にはマグマ溜が存在すると思われますが、日本列島を縦断するこの火山前線の地下にはどのような状態(形、大きさ、深さ等の形状)でマグマ溜が存在していると考えられているでしょうか。(2)火山前線は深さ120〜130kmの深発地震面にほぼ一致しているようですが、この辺りで初めてマグマが生成され、また、更に深くなるとマグマが精製されなくなると考えてよいでしょうか。(3)プレ−トがマントル中に持ち込む水の量とどのような状態で持ち込むのか。そして水が融点を下げるとのことですが、どのようなメカニズムで融点が下がるのでしょうか。 (4)マントルで生成されたマグマが上昇してきて、地下数kmのマグマ溜に溜まると聞きましたが、日本列島の地下のマグマ溜に流入してくるマグマは全て玄武岩質マグマなのでしょうか? それとも、マントル内ではなく地殻内部でマグマがつくられるのでしょうか。(1)から単純に推定するとマントル内でマグマが生成されている思われますが。 (10/9/99) Jun:教員:51 |
A |
回答に窮する難しい質問ですね。マグマ溜りの存在形態や火山前線の成因については
火山研究者の間でも議論となっている大きな問題です。より詳しく知りたい場合には
末尾に示す参考図書などをご参照下さい。これらの図書はふつうの図書館などにも
よく置かれています。
(1)マグマ溜りの形態について
現在、火山の下には複数のマグマ溜りがあると考えられています。一回の火山の 活動期に限っても、火山活動の推移や噴出物質の組成変化あるいは地殻変動の観測など から、幾つかのマグマ溜りの存在が示唆される場合があります。一つの火山が何回もの 噴火で作られる場合にはなおさら、深さも大きさも異なる幾つものマグマ溜りが関与 したと考えられています。地震波による物理探査では、火山体の地下数kmあたりに マグマ溜りであると思われる複数の独立した地震波反射面が見える場合や、地震波の 吸収が大きいことからマグマの存在を予想させる巨大な領域がより深部に発見されたり しています。マグマ溜り体積としては、噴火前のマグマの圧力による地殻変動などの データや、火山噴出物そのものの体積から、小さいものでは数立方キロメートル以下 から大きなものでは数千立方キロメートル以上まで、予想されているマグマ溜りの 大きさも様々です。 マグマ溜りが形成される可能性のある場は、マグマの密度と周囲の物質の密度が 釣り合う場所、周囲の物質の変形速度が遅いのでマグマの上昇が阻害され結果的に マグマが滞留する場所、という2つが考えられます。マントルで生産された玄武岩質 マグマは周囲の固体マントル物質よりは軽いので上昇します。マントルと地殻の境界では、 マグマと周辺物質との密度差による浮力が低下することや周辺物質の流動しにくさのため、 一時的にマグマの滞留がおこることが予想されます。ここがマグマ溜りの最初の候補地です。 マグマ溜り形成の次の候補地は、玄武岩質マグマが周囲の固体物質と密度的に釣り合うこと ができる下部地殻から上部地殻の下部あたりです。ここに停滞したマグマは、周辺物質を 取り込んだり結晶分化をしたり、あるいはマグマ中にとけ込んでいた揮発性物質の発泡に よって密度が低下するので、さらにより地殻浅所の密度の釣り合う深度に向けて上昇し、 さらに別のマグマ溜りを形成すると考えられています。つまり深さの点では、地殻ー マントル境界から火山の地下数kmあたりまでの様々な深度にマグマ溜りは存在する 可能性がありうるわけです。マグマ溜りの形状については、周囲の物質の強度もおおいに 影響すると考えられます。周囲の物質が流動性をもった地殻下部では、マグマは周囲の 物質を押しのけてある程度まとまった空間を確保することが可能かもしれません。一方、 地殻の浅い部分ではマグマ溜りの周囲の物質は流動せずに割れるようになります。 このため、上昇するマグマは周囲の岩盤を割りながら移動するので、マグマ溜りの形状も、 1枚の板状やある空間に板状のものがたくさん集まったような形態になると思われます。 長い時間を経過して割れた周囲の岩盤を溶かしてしまえば、地殻の浅い部分でもある程度の 塊としてのマグマ溜りが存在できるでしょう。 (2)深発地震面とマグマ生産の関係 プレートの年代が非常に若くて薄い(冷えていない)場合を除いて、火山前線に 対応するような120〜130kmの深発地震面あたりの温度は、プレート表面やそれに 接するマントル物質を溶融させるほど高温ではないと考えられています。普通の沈み込み帯の 場合には、プレートから放出された水がプレート表面よりかなり離れたマントル内の もっと高温の部分に到達した段階で初めて、マグマの生産が行われると考えられています。 深発地震面はプレートから水が放出される場に対応している可能性がありますが、 脱水過程と地震発生との関連は諸説があり必ずしも決定的ではありません。 (3)水のもちこまれかた、融点降下。 水は海洋底堆積物の粒間に保持されたりあるいは含水鉱物の形で、プレートの沈み込みと ともにマントル内に持ち込まれます。このうち前者は沈み込みのかなり早い段階で圧密に よって大部分の放出が完了してしまうので、100kmを越えるような深度への水の持ち込みの ほとんどは含水鉱物が担っていると考えられています。含水鉱物はその組成・種類によって 固有の様々な温度圧力条件下で分解して水を放出します。最近の研究では、非常に冷たい プレートの場合には含水鉱物の一部が分解することなく地球深部まで水を運ぶ可能性も 示されています。また、水は必ずしもマントル内部を自由に移動できるわけではなく、 含水鉱物の分解で放出された水は、温度圧力環境によっては鉱物結晶の粒間に捕らわれたまま、 プレート運動とともにより深くへと沈み込んで行くというような状況も存在します。 次に融点降下についてですが、一言でいえば「物質は一番安定な状態(自由エネルギー 最低の状態)をとろうとする」、ということが融点降下の原因です。高い圧力がかかる 地下深部の場合、エネルギー的安定に最も寄与するのは体積が縮小することです。 岩石が融解してマグマを作り、その中に水を溶解させたほうが、固体の岩石と水が別々に 存在するよりも全体としての体積が縮小するので、地球内部のある程度の深さまでは深度と ともに水と共存する岩石の融解開始温度は低下していきます。 (4)マグマの組成と由来 温度、圧力、水の存在などによってマントル物質から生産されるマグマの組成は様々に 変化します。とはいっても、マントル物質から直接作ることができるのは玄武岩質マグマから 高Mg安山岩質マグマの範囲までで、日本列島のような島弧に噴出する、よりSiO2成分に 富むようなマグマを作ることはできません。マントルで生まれたマグマは地殻内部の マグマ溜りで、結晶分化したり周辺物質を取り込んだりしてマグマ自身が組成を変化させます。 また、周囲の地殻物質が低融点の場合には、周辺物質の融解で新たな別のマグマが生産されます。 こうしてできたマグマが、さらに上昇して火山体の地下数キロあたりの最終的なマグマ溜りに 貯えられて噴火に到るのです。したがって、マグマの成因をたどっていくとマントルにまで 行き着きますが、火山直下の浅部マグマ溜りを作っているマグマそのものの組成や由来は 様々です。 参考図書 「火山とプレートテクトニクス」 中村一明 著 東京大学出版会 「岩波講座地球惑星科学8 地殻の形成」 平朝彦他 著 岩波書店 「火山とマグマ」 兼岡一郎・井田喜明 編 東京大学出版会 (10/18/99) 安田 敦(東京大学・地震研究所)
|
Question #275 | |
Q |
突然のメールです。
樽前山の降灰の様子を記したマップを探しています。
どの地域でどのくらいの降灰があったのか知りたいと思います。
参考になる文献やホームページなどご存じでしたらお知らせ下さい。
私は、中学校の総合学習で樽前火山について学習しているものです。
よろしくお願いします。
(9/30/99)
火山大好き人間:中学生:14 |
A |
「火山大好き人間」さん,こんにちわ。私も「火山大好き人間」です。さて樽前山の
降灰マップですが,簡単に手に入る文献としては築地書館出版の「フィールドガイド
日本の火山3、北海道の火山」に樽前山が紹介されています。ここには降灰分布だけ
ではなく火砕流の分布などが,樽前山の噴火の歴史と共にでています。なおこの本は
実際に火山を歩きながら,それぞれの火山の成り立ちを理解できるルートが掲載され
ていますから,機会があれば是非とも現地を訪れて下さいね。
(9/30/99)
中川光弘(北海道大学大学院・地球惑星科学専攻)
|